はじめに
- 令和3年度から開始された本プログラムも2年が経ち、これまで延べ51件の研究課題、すなわちスタートアップやこれを目指す研究者を支援してきました。3年目を迎えた今、農林水産食分野におけるスタートアップ育成で感じたことや事業化に向けて大切だと感じる点をここに記したいと思います。
これまでを振り返り
- 本プログラムの伴走支援を推進する中で改めて感じることは、農林水産食の奥の深さと幅の広さです。バイオマス素材からペットボトル原料を効率よく作れないだろうか、AIで食のパーソナライズをより簡単に実現できないだろうか、植物に共生する有用細菌からバイオスティミュラントは作れないだろうか、サメの陸上養殖により特殊抗体を作れないだろうかなど、挙げれば切りはありませんが、これまで多くの優れたシーズが採択され、我が国には可能性を秘めたテクノロジーが多く存在していることを実感しています。
- 一方で、アグリフードにおける事業化やスケールアップは決して容易ではないことも改めて感じています。業界特有の商慣習や、地域や品目によって細分化された市場や事業構造の中で、大企業にも負けない強い製品、商品、サービスを作っていかなければなりません。他産業と比較して決して市場規模が大きいわけでもなく、つくづく感じることは、定石のビジネスモデルはないということです。
成功に近づけるためには
- そんな中でも、少しでも事業化の成功確度を上げるために、私が重要と考えている姿勢や要素を記載したいと思います。
①研究起業家
研究者が起業することには一定のハードルがあります。そのため本プログラムでは経営人材候補とのマッチングの機会を提供しておりますが、いつも思い通りの出会いがあるとは限りません。今後は、研究者も自ら積極的に経営に携わる姿勢と素養を身につけることも必要になってくると感じています。
②4つのA
4つのA、つまり、Affable:とっつきやすさ・親しみやすさ、 Available:仕事をやる余力の大きさ・レスポンスの良さ、Accountable:仕事をやりきる力、Able:技術や専門性、が重要です。スタートアップに限った話ではありませんが、私の経験上、こうした能力と姿勢を兼ね揃えたヒトやチームが成長していくものと思います。
③説明能力
テクノロジーのメカニズムや優位性を分かりやすく説明する力、極端にいえば、子供でも分かるように説明できる能力が求められると思います。これができないと、商談や資金調達時の機会損失に繋がってしまいます。
④採用厳選
事業拡大時には、どうしても採用を急いでしまうと思いますが、先に述べた4つのAを持ち、会社にコミットしてくれる人材を厳選する必要があります。
⑤海外展開
先に述べたとおり、細分化された農林水産業界における国内の市場規模は限定的です。事業構想を検討する早い段階から、海外展開を視野に入れるべきと思います。PMとしても海外展開の支援は引き続き強化していきたいと考えます。
⑥ゴール設定
スタートアップが目指すゴールは、資金調達ではなく、雇用と納税であると考えます。そのために資金調達は確かに必要ですが、その前に、如何にトップラインを作っていくかが、最も重要な点です。ゴール設定を見誤らず、取り組んでほしいと思います。
今後の期待
- 政府がSBIR制度を開始し、農林水産業界でもスタートアップがより一層成長しやすい環境が整いつつあり、育成の機運も高まっていると感じています。本プログラムでは、現在は大学の研究者やスタートアップCEOが支援対象の中心となっていますが、これからの時代を担う若手人材や、表面化していないテクノロジーや研究者も支援できることを願っています。
- また、自主性を守れる事業、つまり内製化にこだわりのあるものづくり、特に最終製品を作るスタートアップが羽ばたいていくことを大いに期待しています。私の経験上、部品提供に留まってしまうと自主性が失われがちです。最終的な受益者との距離も遠くなってしまいます。最終製品を作ることは、当該スタートアップやそれに関わるヒトの自主性を継続できると考えています。
さいごに
- 結びとなりますが、採択された研究課題の皆様には、3名のPMや生研支援センター、支援補佐機関等がワンチームとなって、できる限りのサポートを行い、ひとつでも多くの研究課題が日本全国、世界へ羽ばたいていくことを祈念し、コラムの挨拶とさせていただきます。
スタートアップ総合支援プログラム プログラムマネージャー 原誠